卒業制作ってなんだっけ
- 清水 ゆかり
- 2015年7月28日
- 読了時間: 6分
1.今までを振り返って
(1)卒業制作というもの
高校の卒業制作では、事前に「彫金」「鍛金」「鋳金」等の金工技法から第四希望までデザイン案を提出し、先生と相談しつつどれを制作するか決める形だった。そこで大体の子達が第一希望制作の中、私は第四希望の制作となった。理由は様々であるが、聞くところ「デザインが良かったから」「鍛金斑だったから」というものが大きかった。私は高校時代鍛金が苦手な上にメンバーともうまくいっておらず鍛金斑が苦痛だったため、その理由がとても辛かったのを覚えている。(斑はゼミのようなもので、1年の頭に決まる。当時は鍛金未経験だったものの人数の都合で決まった。)ジュエリーを作りたくて工芸高校に入ったのに、鋳造斑にもなれず卒業制作もジュエリーを作れず…と、今でも少しだけしこりが残っている。
見た目のキツさと物怖じせずに意見を言える性格なので誤解され易いが、私は幼い頃から自分の「欲求」や「好きな事」に対して罪悪感が働いてしまい、親に「何が欲しい?」と聞かれても「何もいらない」と言ったり、それでも何かねだらなくては失礼だと気がついてからは値段から好きでもない10円ガムを欲しがったりと、自分だけの為に自分の好きな事をするだなんて出来ない性格だった。その為、胸を張って「これが作りたい」と言った事ですら私の中では凄い事であった。けれど、自分の意志を主張し続けることと指導者の意見を汲むこと、どちらが大事なのか当時の私の中では分からずにいて、先生も長い教師経験の中から生徒の為を思って考えて下さっているのだから、言う通りに制作していればいつか「やっぱりこれにして良かった」と納得出来る日が来るはずだと思い承諾した。しかし、それでもやはり殆どが鍛金メンバーのほぼ毎日鍛金室にこもる1年という長い制作期間の中、「作りたいから作っている」のではなく「言われたから作っている」という気持ちになってしまい、今でも自分の切り替えの悪さに悔しく思っている。
その為、大学での卒業制作に向けて少し怖い気持ちがあった。どう伝えたら気に入って貰えるかと悩んだり、土台をしっかりさせなくてはと図書館にこもって勉強したり、今思えば既にスタートからおかしくなっていたが、教育実習期間に入る前に認めて貰わなくてはと少し焦っていて、それを理由に恐れてもいた。そんな精神状態からか自分の説明や着眼点の悪さからか、中々希望の作品に良い顔が出ずに、駄目な理由も分からないままにいつまでもデザインが決まらない状況だった。そんな中、少し方向性が固まって来た。けれど、また高校時代と同じような気持ちになっている自分に気づき、先生の機嫌を取るかのように制作品を決定して自分が楽しいと思えないものを作るのに、それは本当に私の作品と呼んで良いのだろうか。高校時代は卒業制作品に対する気持ちを隠し通して来る事が出来たが、大学の先生とは距離が近く隠し事はしたくないと思い、そんな気持ちで制作を進めていたら知られた時に一番悲しい顔をさせるという結果になるのではないか。今多少良くないと思われていても、私が一番やりたいと胸を張って言えるものを制作し、最後に満足しきった顔が出来ればそれが一番なのではないかと思った。正解は分からなくても、むしろ作品に正解は無いからこそ、そう思えた。もし私が教師になったら、生徒にはそんな気持ちで作品を作って欲しく無かったのである。
(2)アートのテーマ
私には授業外で作品を作る際、自分の中のテーマがある。それは「人のため」という事である。幼い頃から人の為に動ける人間になりたいと思っていおり、芸術という領域はとても難しいが、私は自分の子供(作品)達にもただ「素敵だね」と思われるだけではなく、直接的に楽しませたり、幸せを感じさせるものになって欲しいと思い、そう定めた。まだまだ方向性があやふやなので、展示形態を固める頃迄にはしっかりしようと思う。以下、ポートフォリオ(仮)の頁を抜粋して説明する。


左は頭に持ってくる頁となっている。「あなた」は「鑑賞者様」と、「作品のテーマとなった人々」。
右は5頁目となる。描く際に希望の職業や場所、シチュエーション、服装、小さい頃の夢等を伺って、似顔絵を制作した。
2.作りたいもの
(1)自分とは
さて、1.(1)にて自分の作りたいものを作ろうと思ったはものの、自分が作りたいものとは何だろうか。今一度考える事となった。今迄候補として持ちかけたものも、全て教育的活動に関連づけている。金工の卒業生や先生から「自分が好きなものを作るのが良い」と言われている。私は大学外で金工以外にも歌、演劇、写真を続けている。芸術活動全般が好きで、作品単体ではなくその過程や背景などを学ぶことに興味がある。卒業後はジャンルを問わず芸術活動全般に共通する教育活動を模索し勉強しいきたいと思っており、益々教育に関連づけたいと思った。しかし、制作プランを練る前に現状を確認した。秋学期はバイトや院の試験、教職活動、公演等益々忙しくなり、受験勉強と同時並行しつつ、教育実習を除いて実際に制作出来る時間を考えると見通しは思わしくなかった。しかし多忙だからこそ、悔いの残さない全力で挑みたいものが作りたいと思った。
(2)戯曲から
そこで頭に浮かんだのが『オンディーヌ』である。先生とお話ししている際、「演劇に絡めたらどうか」とおっしゃって頂いた事がずっと頭に残っていた。私は鴻上尚史やジョナサン・ラーソンのような人間の奥底に訴える様な作品も好きだが、シャルル・ペローやアンデルセン、ルイス・キャロルの童話や、ガルシア=マルケスのエレンディラの古めかしく美しい幻想的な世界感も好きで、その中から新入生勧誘公演にぴったりな話は無いかと図書館をはしごした時期があった。当時の演劇部は部員不足で一人一人の負担が多く、とても辛いものでもあった。しかし、得られるものもまた大きかった。その事から『人魚姫』を軸に脚本を探そうと決めて、後半は『人魚姫』に関連したものを中心に探した。『人魚姫』は、「自ら困難な道になると分かっていながらも新たな世界に挑戦し、思った通りの結果にならなくとも後悔せず、また自らの意志で幸せへと旅立った」話であると捉えているからである。そこで『オンディーヌ』を手に取った瞬間、これだと思った。結局部員不足から上演する事はできず、この戯曲への熱意を持て余していた。何とか自身の手で彼女を造り上げたい、表現したい、そんな想いからこの戯曲をテーマに選択した。
(3)中間発表を終えて
実は1.(1)の決意を持ったのは最近の話であり、「そうだ、人魚姫だ!」と思いつき描いたデザインも賛同を得られず、頭の中で揉みながら空白の日々を過ごしていたので作品形態がイメージ化されたのはつい最近のことである。
この戯曲をどう使うか。どう教育と組み合わせるか。誰のためと設定するか。取捨選択と探求が必要となった。中間発表を終えて、自分が『人魚姫』と『オンディーヌ』を混合して捉えていることに気がついた。私の中では『人魚姫』というジャンルの中に『オンディーヌ』という作品があるのだが、本来これらは独立したバラバラの作品である。そこの切り離しと、どちらでいくのかの選択を次の課題にしたいと思っている。
最新記事
すべて表示私はみんなに「生きる力」を身につけて欲しい。 「身に付けさせたい」って言い方をすると、ちょっと押し付けがましいから「身に付けてくれると嬉しいな」ってくらいのニュアンス。 身の程知らずなのだけれど、私はみんなに幸せになって欲しくって、でも私はちっぽけな人間だから、全ての人の傍...
私は、誰もが障害を抱えて生きていると思っている。 それは、誰もが悩みを持って生きているのと同じ。 私の考える障害が 「定型発達と異なる」では無く 「望んだ道の妨げになるもの」だから。 もちろん、「定型発達と異なる」の発達障害の状態も、障害と言える。...
生きるのが辛かった時期がある。 多分、誰にでもある。 私以外の人がそうなっている時、とても辛かった。 大事な人ほど、見ていてとても辛かった。 見ているのが辛かったので、色々頑張ってみた。 うまくいった時もあったし、意味がない時もあったし、うまくいかない時もあった。...