卒業制作自分が作りたいやつ作れる様になった よ
- 清水 ゆかり
- 2015年7月27日
- 読了時間: 2分
私だったらそんな教師になりたくないし生徒にそう思われたくない けれど、なぜか自分は思ってしまうのです 「教師に逆らっちゃいけない」 「教えて下さっているのだから言われた通りにしなくては」って あぁ なんて不自由で芸術性のカケラもない思考だろうか そんな潜在意識があるのを自分でも「なんかおかしいなー」と思っているし 実際自分からぐいぐい行ってるところもあるから心配する事は何もないのですが でも「自分の好きな事」に関してだとちょいと怪しい 「こうすべき!」って言い切れる事や「皆にも関わる」って事とかならばガンガン行けるのですが、完全なる「自分事」だと(ましては欲求に絡む事だと)機嫌を伺うようにおそるおそる「…でも、こうしたいんです。」ってちょっと突っかかるだけ って感じ 一番気持ち悪くてめんどくやくて嫌なやつです そんなこんなでで結局は言う通りにする事が多かった 自分にとって教師とは絶対的な存在という印象が強く強く残っていたのもあったし 先生も私の事を思ってそう行って下さっているのだから と でもね、それは分かっているのだけれどね、世の中全てが一度しかない経験なんじゃないのかな(というかそう思っている) なので「こっちの方が良いなぁ」なんてものじゃなく「こうしたい!」っていう強い想いがある時はめっちゃくちゃしこりが残ってしまうのだよ ていうか 残ってた訳です 楽しくも辛くも何にも無かった ただしんどいな と思っていた 楽しく考えようと頑張った そんな記憶がつまったしこり まぁ そんな自分を打破した訳です よく分からないかもしれませんが自分なりの嬉しかった記録! 時間がないので推敲なんてせずに勢いで書いてます!
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